穂の原でんしゃ製作所

鉄道模型を楽しくカンタンに工作したい方にオススメ。

ツルリンへ行く2023 その3

理由は ある

 南武線の浜川崎駅と、鶴見線の浜川崎駅は、道路を挟んだ別々の位置関係にあります。線路がつながっているのは、扇島寄りに更にそれぞれ進んだ、浜川崎駅構内貨物仕分け線跡地??という、本来の浜川崎駅の主幹部分になってます。

 ということで、本来なら商店街みたいなものがあっても良さそうなのですが、そこは工業地帯のど真中、労働者向けの売店が少し歩いたところに1軒あるのみで、全くの殺風景な道路があるのみです。

 さて、何故だかPS22を購入。理由はあります。そのうち使います。

 今回の接続も、浜川崎折り返しの鶴見行きでした。

 その、浜川崎駅の貨物仕分け線跡地横の本線上へ引き上げて転線します。

 この先、昭和、扇町へ休日向かっても、空気を運ぶだけになりそうですので、1時間に1本のみになります。海芝浦と違って、どちらの駅とも散歩などの行楽で行ってみても何もありません。テクテク歩いて戻って来ても十分時間が有り余る感じでしょう。

 暑いのでやっていませんが・・・

 さて、転線されてきます。


 さて、本日は第9編成。

 本日は比較的観光目当て客が多いようです。

 3両編成で、パンタ付きのモハのみオリジナルの車番ですが、アクリルの車号名板ではなくシール式に交換されています。

 ワケありの日立製です。国鉄の威光でステンレス車の製造技術を手に入れたわけですが、結果として現在ではステンレス車の製造から撤退しています。

 さて、▼標記が追加されているのは何故でしょう。

 一応、記録しておきます。

 初期車特有のアルミ型材の冷房吹き出し口。結露対策でテープを上貼りしていますが、少しみっともない状態で長年過ごしました。横流ファンのポリカ製整風板は、一部新品に交換されているようです。流石に30年以上も使うと劣化してきますんでね。

 扉周りは、近年妙に表記だらけになっています。日本人はそこまで注意喚起されないと身を守れないという、だらしがない習慣が兼ね備えられてしまったようで。

 シンプルな内装だったんですがねえ。38年経過した電車には思えない綺麗さが残っています。化粧板の耐候性は101系や103系初期の頃よりも格段に向上していることが判ります。

 さて、30年ぶりに弁天橋駅に降り立ちました。

 側線は草生す空き地になっていますが、まだまだ線路は残されています。

 

・・・そのうち続く。